歯科では運動器+道具という考え方で、具体例としてテニスを挙げて、運動器はプレイヤー、道具をラケットとすれば理解しやすいです。いくら良いラケットを持っていても使う人が下手では、テニスは上手になりません。これはいい歯(道具)であっても、良い顎(舌、頬、噛む筋肉)を持ってないと、しっかり物が噛めないのと同じです。
「よく噛むこと」とは、いったいどこでどのように噛むのでしょうか?昔から『食べ物は口に入れてよく噛みましょう』ということが言われています。しかしながら、その噛み方について詳しく述べている本はほとんどありません。「噛む」ということは場所、力、回数、時間、速度、食べ物の種類など様々な要件があります。よい噛み方の指導の基準として2つのことを目安に行っています。➀食物が唾液とよく混ぜ合わせられているか、②咀嚼筋に健全な刺激が入るように使われているかです。
お口の中には一口ほおばって口の中が空になるまで箸を箸置きに置いたままにします。結果①②を満たす良い噛み方ができます。しかも普段より食事が味わい深くなります。
例えば右の絵のように足を骨折して長期にわたって使用しなくなると、筋力低下(廃用性委縮)は1週間に20%の割合で進行しますが、この20%を回復させるためには1カ月かかります。
また骨格筋の筋力は、一般的に30歳前後まで増進し50歳ごろまで比較的一定に保たれ、それ以降徐々に低下しますが、これらの筋肉はトレーニングすることによって強化することができます。
骨格筋の廃用性委縮や加齢による変化について述べましたが、噛む力を生み出す咀嚼筋や舌を巧みに動かす舌筋はどうかというと、摂食機能は生きる上で生命線であるということから、四肢の筋肉よりは低下の速度は遅いようです。しかし脳梗塞などで入院して禁食が続いて、久しぶりに食事を口から摂るとうまく食事ができないことがあります。このような時は口の開け閉めや舌の体操などで少しずつ食事がしやすくなります。
【口を開けるトレーニングは嚥下機能を改善する】
嚥下は喉頭挙上に開口筋である舌骨上筋が関与しているといわれることから、嚥下機能の低下した高齢者では開口筋のトレーニングが効果的であるという報告も見られます。開口トレーニングは顎関節のさび(拘縮)を取るという点からもお勧めです。
*噛む最初に力の入る食物*
きゅうり、リンゴ、焼き菓子、アーモンドなどサクサクした食物
ガム、スルメ、フランスパン、飴(ヌガー)など噛み切りにくい食物
これらを食べる時に、顎の疲れ具合を観察してみてください。
噛む終わりに力がいる食物は顎に負担がかかりやく、顎の開け閉めの仕方も人により違いがあります。顎の負担と食事の種類をいろいろな食物の噛み応えの違いを体験してみましょう。
【良い姿勢は、腰にも歯にも負担が軽い】
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良い姿勢の基本は骨盤をしっかり立てることです。「背筋を伸ばす」「顎を引く」などがあり、良い姿勢では腰に無理な力がかからず、上下の歯が無駄に当たりません。しかし悪い姿勢では腰に負担がかかり、顎の噛み位置がずれて上下の歯が強く当たる所が出てきます。姿勢により顎の位置は変わるのです。
食事は椅座位を基本として以下の3点がポイントとされています。
①足底接地:体幹を保持するために、足底をしっかり床につける。
②体幹保持:頭部をしっかり支えるために、骨盤をたてて体幹を安定させる。
③うなずき頭位:食事をしやすくするために、前頸部を緩めやすくする。
また、次の姿勢は食事にはよくないので注意してください。
①コタツで脚を伸ばしての食事
②高い位置にあるテレビを見ながらの食事
③ソファーで腰を曲げての食事
これらの姿勢は、誤嚥を防止する意味でも重要なのでよく覚えておいてください。
咀嚼に適した姿勢、すなわち噛み合わせの指導に適した姿勢です。
口は「命の入り口」です。日々、楽しく食事を摂るための参考にして下さい。
参考文献:姫野かつよの歯科筋機能勉強ノート 姫野かつよ著