東京都内の30歳代のA子さんは一昨年1月、かかりつけ医に「強迫性障害(強迫症)」と診断されました。物に触ると気になって手を洗い、「仕事の書類を捨てたかも」とごみ箱を何度も確認してしまいます。抗不安薬を飲んでも改善せず、勤め先を休職しましたが、慈恵医大第三病院(東京都狛江市)で「森田療法」の外来治療を受けて改善、昨年夏に職場に復帰しました。(山口博弥)
森田療法は、慈恵医大の初代精神科教授、森田正馬が1919年に確立した精神療法で、来年で100年を迎えます。治療対象は、強迫症のほか、動悸や恐怖感に発作的に襲われるパニック症、人前で過度に緊張したりする社交不安症など、主に不安がベースにある心の病気です。近年は、うつ病や心身症の治療にも用いられます。
森田療法の特徴は、不安を取り除こうとしないことにあります。例えば、人前で緊張して不安になる人は、不安を「あってはならないもの」と考え、排除しようとします。意識すればするほど不安は膨らみ、さらに緊張してしまうという悪循環に陥ります。
森田療法では、不安は自然な感情として「あるがまま」にしておき、緊張してもいいから人前で話してみるように指導します。
そうして本来やるべきことを1つずつ達成するうちに、いつの間にか不安は小さくなっていく、と考えます。
―「行動のコツ」をつかむ ―
強迫症のA子さんは休職中、慈恵医大第三病院にある森田療法センターに電車で通っていましたが、外出すると確認しなければならないことが多くて疲れ果てます。ある診察日の朝、布団からどうしても出られず、担当の臨床心理士に「診療時間を遅らせて」と電話すると、「とりあえず布団から出ること。それから歯を磨き、服を着る。ダメなら、その時に考えましょう」と指示を受けました。言われた通りこなしていくと、電車に乗って時間通りに受診することができました。数か月後、自宅を引っ越すことになりました。夫が仕事で不在の昼間、汚れへの不安を「あるがまま」にして荷造りを母親とこなし、無事引っ越しを終えました。「行動するコツが分かると自信が付き、うれしかった。支えてくれた家族には本当に感謝しています」とA子さん。職場復帰した今、薬も飲んでいません。同病院院長(精神神経科教授)で日本森田療法学会理事長の中村敬さんは「森田療法は、青少年から高齢者まで幅広く適用できる心の健康法でもあり、生きる力を育む指針です」と語ります。今では「モリタ・セラピー」として、中国や北米、オーストラリア、ロシアでも治療が行われているといいます。
― 女性の悩みにも ―
森田療法を行う精神科医や臨床心理士の女性3人が著した「女性はなぜ生きづらいのか森田療法で悩みや不安を解決する」(白揚社)では就職、出産、育児、夫の転勤、親の介護など、人生の節目で生き方の選択を迫られる女性の悩みについて、具体例を挙げて森田療法の考え方を生かせた助言を紹介しています。
読売2018年9月1日(土)